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【復刻版】帝王賞観戦記(大井:1996/6/19)

 仕事を放り出して、18時に退社。約束の19時に「佐々木の予想」へ駆けつけると、すでに酒氏とカト氏が待っていた。カト氏とは、昨年のダリア賞(新潟)以来の再開である。
 仕事で来ている酒氏とは、顔みせだけでお別れ。カト氏と2人でパドックへ。心情的に応援したい東海勢だが、遠征のためか、あまりよく見えない。馬格のあるヒカリルーファスがよく見えてしまう。酒氏の情報では、「最悪の状態」という注目のホクトベガは、可もなし不可もなしといったところ。
 毎年のように参戦している帝王賞だが、ちょっと記憶にないほどの混雑ぶりで、動きがとれない。馬券の方は、ホクトベガから無難な馬券を5点(アイオーユー、ヒカリルーファス、コンサートボーイ、ライフアサヒ、キソジゴールド)、欲張ってウラ目も5点、後は、ヒカリルーファスの単、ライフアサヒからの馬単など、バラバラと買う。前回のマイルGPで、馬単初挑戦も的中できなかったので、今日は当てたいものだ。
 カト氏は、大井記念で世話になったというパルブライトの単複と総流し、当たればすごい馬券で、あいかわらず勝負師である。
 例によって、発走は遅れ気味。ヘボラッパが響き渡ると、丸めた新聞をふりまわす、中央GIノリ。
 レースは、なんとかハナを切ったヒカリルーファスだが、カネショウゴールドにつつかれ、3角で早くもホクトベガにこられ万事休す。先行していたアイオーユーがそのまま抜け出し、直線ではかなり差を詰めての2着。3着以下は大きくちぎれてしまい、キソジゴールド、マルブツセカイオー、ウィナーズステージの順。キョウトシチーは見所なく、地元大井勢もウィナーズステージが着を拾ったものの、期待のコンサートボーイ、アマゾンオペラ、ヒカリルーファスが大敗し、今回もホクトベガの強さだけが印象に残るレースとなってしまった。馬券は的中したものの、一抹の寂しさの残る結果で、あとはライブリマウントの復帰を待つしかないのだろうか。これでホクトベガの今年の交流レースでの獲得賞金が2億6000万余りとなり、ボーナス制度(年間獲得可能賞金の45%以上で認定)適用まであと数百万となった。

【復刻版】札幌競馬&ユニオン2歳馬展示会(札幌・静内:1996/6/8-9)

◆6月8日(土)

 朝、4:45起床。モノレールの始発に乗って、羽田発6:40のANA51便で札幌へ向かう。幸い、遅れることなく、8:10に新千歳空港着。JRで札幌駅、さらにタクシーと乗り継ぎ、札幌競馬場に到着したのは、9:35。ちょうど1R出走馬がパドックから消えていくところ。どうにかレースにだけは間に合ったようだ。
 愛馬スキャナは、なんと単勝1.9倍の1番人気。前走で経験馬相手の2着が評価されているようだが、札幌移動後の追いきりの内容がひどく、初ダートでもあり、危険な本命というのが正直な感想。
 レースは、無難なスタートから5番手くらいにつけていたが、何を思ったか、3コーナー手前で外から強引にまくって先頭にたってしまう。一杯になるか、ぶっちぎるかのどっちかだな、と思っていたらやはり最後は一杯になり、3着に落ちそうになるのをよく差し返して2着確保。南井騎手の強引な騎乗がちょっと不満だが、ダートをこなせたのは何より。とりあえず早く1勝して欲しい。
 すぐに競馬場を後にする。こんな時間に競馬場を退場するのは、はじめてだ。駅に戻って、ニホンレンタカーへ。手続きをすませ、10:30には、旭川ナンバーのミラージュ号で南へ向かう。

 通いなれた235号線をひたすら走り、13:00には静内の展示会場へ。まだツアーの一行は到着していないようだが、係の人がいたので、2歳馬カタログをようやく入手。クルマに戻って、検討を開始。しかし、ここでおもわぬ展開に・・・
 なんと、私の第1希望のNo.29は「都合により取り下げ」とあるではないか、急いで作戦を変更しなければ。しかし、13:30に展示が開始されるとさらに追い撃ちをかけられる。
「No.17は欠場です。」
 なんと、第2希望のNureyevではないか。この2頭で40万円というのが今年の予算だったのに、これでは何のために来たのかわからない。茫然としているうちに展示が進むが、どうもピンとくる馬がいない。今年は関東のラインナップがけっこう揃っていて、No.29は久々に牡馬で入りたい馬だったのだが。
 結局、No.42(オペラハウス×アサーティン)に決め、申し込む。少し小柄だし、オペラハウスには不安もあるが、栗毛で品のよさそうな好みの馬体で決めてしまった。またしても関西の牝馬になってしまう。もう1頭は、No.51(ポリッシュネイビー×アンビション)、NO.35(ミスターシービー×タケノアンゼラ)あたりを迷ったが、欠場したNo.17も気になるので、今日のところはやめておくことにした。

19960608
↑ペガサス42(オペラハウス×アサーティン)

 終了後、すぐに235号を北上し、登別まで飛ばす。今夜の宿はおなじみの滝本イン。チェックイン後、すぐに第一滝本館の大浴場へ行き、数々の温泉群を満喫。その後、例によってかき氷のイチゴミルク。まったくのワンパターン。エアホッケーの相手であるところのO氏がいないのが残念である。

◆6月9日(日)

 8時起床、朝風呂。9時に出発し、10時半すぎに札幌へ戻り、レンタカーを返却。24時間で409キロも走ったため、超過料金をとられる。それにしても、26リッターしか使っておらず、燃費16.6km/lには驚いた。
 これまたおなじみの「かに寿司」を購入し。再び、札幌競馬場へ参戦。肌寒かった昨日の静内とはうってかわって、汗ばむ陽気。しばらくくつろいだ後、8Rから参戦するも的中せず。しばし昼寝の後、メインの札幌日経賞で、35点買いを敢行し勝負をかけるが、大敗。ブライトサンディーを蹴ったまではよかったが、肝心のヤエノジョオーは前が開かず、伸び切れず4着まで。続く安田記念もヒシアマゾン大敗で万事休す。春のGI全敗という怪挙を達成してしまった。

飛行機の時間までしばらくあるので、大通り公園を散歩。芝生のうえで寝る。おみやげを買うのにお金がなく、たくぎんの世話になってしまった。多いにリフレッシュした1泊2日であったが、出費の方も激しかった。

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