« 12/17:函館→東京、6時間14分 | トップページ | 12/20:ランダエタ無念 »

2006/12/19

12/19:河野洋平の時代

◆横浜・東京:くもりときどきはれ

 河野派が解散して麻生派が旗揚げになった。派閥の長を継承するのではなく、わざわざ解散して立ち上げなおすところに、河野氏と麻生氏の確執が感じられる。まぁ、普通は、親分が衆議院議長になって、後継者が総裁候補だったら、もっと早く禅譲するのが当たり前だろうから、麻生氏の不満も理解できるし、そもそも、お坊ちゃん同士という以外に共通点があるとも思えないので、同じ派閥にいること自体が不思議ではある。
 その河野洋平氏は、解散にあたって、「河野時代は終わった」と発言したようだが、そもそも河野時代など存在したのか、理解に苦しむところである。
 河野氏で小生が思い出すのは、小生が、もっとも政治に熱くなっていた90年代前半。細川首相の政治改革法案は、社会党の造反で否決された後、細川・河野トップ会談により自民党の賛成で成立した。しかし、このときに、各県に1議席ずつまず割り振るとか妙なルールが付けたされたため、1票の格差の是正が非常に難しくなってしまったように記憶している。小選挙区制に賛否両論はあると思うが、最後の最後に日本的なヘンな妥協案を生み出してしまったのは、誠に遺憾であった。
 さらに、河野氏は、「私のように政治的野心を持たない者が、政治が曲がった時、危うい時、誰よりも早く感じる感性を持つ」とも言っているが、ちょっと意味不明である。まぁ、自民党に復党して、「フライングは二度しない」と言った時点で、彼の役割はもう終わっていたとしかいいようがない。もし、河野時代というものがあったとすれば、絶頂期の田中角栄を批判して、新自由クラブを立ち上げた頃だったのだろうが、あいにく小生は、その頃を知らない。
 長男の太郎氏も、数年前に肝臓移植をした時に、「ヤジの生命は救ったが、政治家としての延命に興味はない」と引退を勧告したように、晩年は、誠に遺憾であった。
 しかし、まだ彼には、残されたテーマが実はある。政治家としては、首相になれない総裁になってしまったが、ホースマンとしては、まだダービーオーナーになる可能性は残されている。実際、この人は、政治の話をしているときより、競馬の話をしているときの方が楽しそうだった。
 「ダービーオーナーになることは一国の宰相になることよりも難しい」と言われているのだから、ダービーオーナーになれば、首相になれなくてもとりかえしてお釣りがきそうだ。ぜひとも、栃木県初のダービー馬を生産してもらいたいと心から応援している。
 さらに、彼ならば、生産者の力を結集することもできるし、農林省を動かすこともできる。橋本聖子議員あたりと連携して、日本競馬、特に地方競馬再興のために立ち上がっていただき、ぜひとももう一花咲かせて、河野洋平の時代を実現して欲しいものである。

|

« 12/17:函館→東京、6時間14分 | トップページ | 12/20:ランダエタ無念 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83044/13128341

この記事へのトラックバック一覧です: 12/19:河野洋平の時代:

« 12/17:函館→東京、6時間14分 | トップページ | 12/20:ランダエタ無念 »