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2007/01/30

1/30:史上最高の投手は誰か

◆横浜・東京→大阪:はれ

 夕方から大阪入り。ANAで飛びたかったのだけれど、伊丹行最終の18:20に乗るのは厳しく、かといって、関空では、あまりにも時間がかかっていしまうので、のぞみ号で西下。オフィスから5分で乗れてしまうので、どう考えても新幹線の方が早い。
 東海道新幹線の2時間半というのは、近年、我慢の限界に近づいている。久々の今回は、サントリープレミアムモルツにお弁当に夕刊フジに週刊ベースボールに任天堂DSLiteにipodminiと万全の態勢を整える。なかなか頼りになる布陣である。
 週刊ベースボールの「現役プレーヤー世代別出世番付」がなかなかおもしろかった。全選手を生まれた年代別に分けて、主な選手を紹介している。最年少は1988年組。ここは37人。楽天・田中投手ら、もちろん全員がデビュー前だ。以下、1987年組も37人で、代表は銀仁朗。1986年組は、25人で、ダルビッシュと涌井、といった具合に代表選手が紹介されていく。(生まれた年ではなくて学年で分類)
 松坂世代の1980年などは、67人もいて、現役の代表は、藤川と和田。そして、70年代に入ると、だんだん数は少なくなってくるが、生き残っている選手には、スーパースターがめだつ。
 しかし、小生の世代となると、わずか6人。代表は、立浪。あとは、堀幸一あたり。そして、イッキマンの世代となると、なんと2人。吉田豊彦に吉田修司だという。ちょっと終了している。もう限界かと思われるが、その上の1965年組となると、一転して、山本昌、吉井、小宮山、古田とすばらしい顔ぶれがそろう。1964年組はゼロ。そして、1963年が、ひとり。工藤である。小生や立浪の6年先輩というのだから、おじさんもおじさんである。
 そして、「記録の手帳」のコーナーでも、その工藤を特集しているのだが、5年毎の奪三振率(9回あたりの奪三振数)の推移というのがすごい。19~24歳のときが、7.41で、これも十分すごい数字なのだが、以下、7.33、7.79、8.28ときて、40~43歳が、8.29。ここに来て、奪三振の割合がますます上昇しているというのだから恐るべしというほかはない。
 日本の最高齢登板は、阪急の浜崎で、49歳で1勝。大リーグでは、クレメンスやジョンソンなど40代の投手が活躍しているが、史上最年長登板は、なんと59歳2ヶ月のサチェル・ペイジ投手がいる。今日の日記のタイトルは、実は、そのペイジ投手の物語なのだが、中学生くらいの頃、有名なスーパースターの中から、最高の投手を選ぶ話かと思って購入したら、ニグロ・リーグ出身で、42歳で大リーグデビューした黒人投手の物語で、ちょっと拍子抜けした記憶がある。
 59歳2ヶ月での登板。当時は、気の遠くなるような数字で、まぁ、昔ならではの話なのだろうという感じで、実感がなかったのだけれど、よく考えてみれば、村田兆治は、57歳で141キロである。ニグロ・リーグならぬマスターズ・リーグから現役復帰すれば、ペイジにも匹敵する大記録の達成だ。

 とまぁ、週刊ベースボールを読んでこんなことを考えながら、ビールを飲んでお弁当を食べて、DSLiteで将棋を3局くらいやっても、まだ名古屋だ。これだから東海道新幹線は困る。3人がけで隣が空いているからまだよいのだけれど、車内が暑すぎる。スーツを脱いでYシャツの袖をまくっても暑い。ビールを飲んだせいもあるのかもしれないが、これでは、ぐったりしてしまう。
 新大阪、大阪と乗り継いで、なんとか京橋のモントレ・ラ・スールさんへ。「スパ・トリニテ」さんの露天風呂は、なかなか快適で、ようやく疲れを癒す。あまり大阪には来たくないのだけれど、ようやく定宿が見つかった感じ。ドキュメント72時間を見て、DSLiteで脳のトレーニングをして就寝。

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