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2011/10/04

10/4:シンボリルドルフのおもひで

◆横浜・東京:はれ時々くもり

 お客様と一献してほろ酔いで帰宅。みなとみらい線まで来てようやくネットをチェックすると、ファイターズ久々の快勝はよいのだけれど、シンボリルドルフ死亡との大変遺憾なニュースが。
 テンポイント、トウショウボーイから競馬を見ている小生だが、本格的にのめりこむのは、ルドルフよりもう少し後。それでも、ルドルフの全成績は今でも空で言えるし、2回のJC、ギャロップダイナに負けた秋の天皇賞などは、府中で観戦している。
 当時、まだ3歳(今の2歳)戦の王道といえば、新馬(1000)、函館3歳S(1200)、京成杯3歳S(1400)、朝日杯3歳S(1600)という時代に、ルドルフの2戦目は、府中1600のいちょう特別、3戦目は、ジャパンCの日のオープン1600という選択。のちに、いちょうS~府中3歳S~ラジオたんぱ杯という新しいエリートコースができるきっかけになったといえる。厩舎にずっといないで、すぐに牧場に引き上げるというのも、今では当たり前だけれど、当時は画期的なことだった。
 ミスターシービーのような派手さはなく、ダービーや菊花賞は、案外辛勝。そして、最初のジャパンCは、ミスターシービーとの対決に胸ときめいたものだけれど、まさかのカツラギエースの逃げ切り。しかし、その直後の有馬記念で、ミスターシービーを無視してカツラギエース一本にマークをしぼっての楽勝あたりからは、北の湖のようなにくらしい強さになった。
 何度も延期になった海外遠征。サンルイレイS大敗の結果を、春休みの旅先のラジオか何かで聞いたときは、本当に残念だった。なんでダートと芝の境目があるようなアメリカへ連れていったのか、野平師&和田さんコンビといえば、やっぱりロンシャンに行って欲しかった。
 まぁ、今思えば、あの頃は、まだ世界との差が少しあったのだろう。日本競馬を世界に近づけたのが、和田さんと野平師とユキオオカベで、本当に世界レベルに届かせたのは、社台とサンデーサイレンスと武豊ということだろうか。とはいえ、ダンナの競馬という意味で、和田さんのような存在があまり見当たらない昨今の競馬は少し寂しい気もする。

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