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2012/03/06

2012/3/6:さようならトウケイニセイ

◆横浜・東京:あめのちはれ

 早々に退社してツイッターをチェックすると、あまりにもあんまりなニュースが飛び込んできた。
 トウケイニセイ死去。。。
 昨年から、シンボリルドルフ、サッカーボーイなど遺憾な訃報が続いていたけれど、トウケイニセイへの思い入れもまた特別なものがある。
 小生がもっとも競馬に、地方競馬に熱かった90年代。週末は、毎週、府中、中山へ。休暇は、全国各地の地方競馬へ旅打ちに。そして’95年は、中央・地方交流元年。ハシノタイユウ、ライデンリーダーが中央へ殴り込みをかけてきた年。
 東北の馬産地として、古くから名馬を輩出していた岩手競馬、スイフトセイダイ、グレートホープの後を次いで、デビュー以来無敵に連勝を続けていたトウケイニセイ。脚部不安もあって、東北から外への遠征を控えていたため、本当の実力は謎に包まれていた。
 その岩手の英雄の訪れた最初で最後のチャンスが、’95年の南部杯。交流重賞の充実で整備されたダート路線を勝ちまくっていたJRAのライブリマウントに、地方勢最後の砦としてストップをかける期待を一身に背負っていたトウケイニセイ。夢の対決となった南部杯。小生も慣れない夜行バスで駆けつけましたよ。
 結果は無念の3着。詳細は、下記の遠征記に譲るけれど、ひとつのレースにあれほどの想いを持って参戦することは、今後もそうはないような気がする。勝ったライブリマウントは、これで正真正銘の日本代表の地位を獲得して、第1回のドバイワールドカップに参戦したし、2着にまぎれこんだヨシノキングも、地方最強世代の1頭で、ミスタールドルフ、サブリナチェリーも参戦した前年のダービーグランプリも忘れられないレース。そして、3着のニセイも、誠に遺憾な結果だったとはいえ、ピークを過ぎていたことを考えれば、全盛期の実力は、十分JRA最強クラスであることを確認できた。
 種牡馬を引退して悠々自適だったニセイだが、昨年の震災でオーナーが被災して、功労馬としての維持がピンチになったのだけれど、トウケイニセイ基金の募集があって、小生もさっそく参戦。全国からかなりの寄付が集まったことと思う。その数ヶ月後に死去とは誠に残念に尽きるけれど、地方競馬黄金時代の伝説の名馬として彼の功績は色褪せることはない。冥福を祈りつつ、苦境にある岩手競馬の再興も願いたいと思う。

D120306a

夢の対決・南部杯

’93ダービーグランプリ

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コメント

交流重賞が盛んに行われるようになったときには、すでにピークは過ぎ、脚部不安もあり万全ではないトウケイニセイ。
時代を先取りしすぎた名馬でした。
確か最初見に行ったときは種牡馬として日高にいたはずですが、最後は地元岩手に震災の影響もあり波瀾万丈な馬生でしたね。
メイセイオペラに道を切り開いた先駆者でした。

投稿: buschan | 2012/03/07 22:23

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