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【復刻版】小倉競馬遠征日記(小倉:1997/7/18-20)

◆7/18(金)

 定時え早々に退社。崎養軒のしょうが焼弁当、ビール、夕刊各紙を揃え、東海道下りホームに。会社帰りにそのまま乗り込む寝台特急というのが、なぜか好きだ。同行のT氏には気の毒だが、そんな訳で、寝台特急「あさかぜ」で旅は始まる。
 無事に下段寝台で合流。弁当を食べ、しばし雑談し、明日のメインの検討をすると、早くもヒマになる。ロビーカーは占領されているし、おつまみも購入できない。昔とちがって、停車時間の長い駅もなく、売店に走る楽しみもない。早々に就寝とする。

◆7/19(土)

 広島あたりで、「おはよう放送」。ここで起きては、先が長いので、二度寝をして、そろそろかと思い、起き上がると、まだ岩国あたり。朝食を購入すべく、ロビーカーに行くと、
「お弁当は売り切れました。」
 と言っている販売係が最後の一個を食べている。
 どうにか9:55に下関到着。ローカル電車で、関門トンネルをくぐり小倉へ。懐かしいの氏が、愛車プジョーでお迎えである。
 土曜ということもあって、競馬場は空いている。前半は快適だったが、午後から、直射日光が差し込み、やはり暑い。なしくずしに、連敗を続ける、最悪の展開だったが、メイン11Rで、熊沢のピュアハートがいっぱいに粘り、損を取り返す。やれやれである。
 なんと、の氏は仕事がある、ということで、いったんホテルにチェックイン。シングル5300円というだけあって、久々にやばいホテルに泊まってしまった。相棒のO氏であれば、ドタキャンしたであろう。T氏には気の毒であった。
 仕事を終えたの氏に再度迎えに来てもらい、夜は、焼き肉。ダイエー戦のテレビ中継が行われているが、途中経過によれば、ファイターズ苦戦。西崎はどうしたのだろう。その後、ゲーム&ボウリング大会。の氏は、ドレミファグランプリで圧倒的な強さ。ボウリングは、T氏が好スコア。レベルが高い。卓球もあったが、却下されてしまい残念。

◆7/20(日)

 今日も暑い。このメムバーでの真夏の遠征といえば、2年前の中京が思い出されるが、今回も似たような雰囲気になってきた。ぐったりしてくる。朝から、アイスやかき氷ばかり。
 じっと我慢して、9R湯布院特別が勝負。たたき3戦目、単騎逃げ有望のセントパークの単、本命武豊マイネルマースへの馬連で勝負。幸の大逃げがまんまとはまり、快勝!これで負けて帰る心配はなくなった。
 儲けを倍増させるべく、函館と小倉のメインで勝負するが、UHB杯のレインボークイーンは、本田の不可解な騎乗、直線前がつまる。一方、メイン北九州記念のエイシンサンサンは、武豊ダンディコマンドの積極策の前に逃げを封じられ、よくがんばるも、4着精一杯。大勝利とはならなかった。
 もう1泊して福岡の友人と再会するT氏とも別れ、帰路は単身「ひかり号」グリーン車である。九州何とか切符のおかげで、1000円程度の追加でグリーン車に乗れる。ただし、「のぞみ」はダメなので、6時間のロングラン。日本で一番快適な、100系2階席も、さすがに名古屋を過ぎてからは、退屈した。

【復刻版】エッセイ(1997/2/24〜1997/7/1)

1997/7/1:子供はいつもバーチャル遊び
 神戸の小学生殺人事件の犯人が中学生だったということは、大きな波紋を呼んでいる。もちろん小生も驚いたが、こうした事件の際に気になるのが、個人の問題ではなく、「犯人を生み出した社会が悪い」的な論調である。今回でいえば、「テレビゲームで育った世代は、バーチャル・リアリティ(仮想現実)と現実の区別がつかない」だとか、「リセットボタンを押せば生き返るゲームに慣れている」とかいうたぐいの議論である。
 まず第一にこうしたことをこれみよがしに話す評論家や学者が、今の最新のゲームを実際にプレーしたことがあるのかどうかがはなはだ疑問である。少なくとも「バーチャーファイター」とか、「電車でGo!」とか「ダービースタリオン」くらいはやったことがないとお話にならない。
 もともといつの時代も子供の遊びは、バーチャルなものである。社会の一員として認知されるまでの間、子供たちは、おままごとをして将来の社会の疑似体験をすることで、育っていく。ファミコンのようなゲームが子供たちのお年玉で買えるようになる前から、いろいろな道具を使ってバーチャルな遊びを作り出していたのである。
 例えば、6角柱のえんぴつと紙があれば、いろいろなゲームが可能になる。「ヒット」とか「ホームラン」とかしるしをつけて、野球ゲムのようなことをした経験のある人は少なくないと思う。やがて、サイコロ2個とカードを使う本格的な野球シミュレーションが発売になったが、基本は同じである。スーパーカー消しゴムをボールペンの後ろのバネでとばしあってのレーシングゲームもどきもはやった。
 たしかに、現在のゲームマシンとソフトは完成度が高く、ひとりひとりの子供たちが自分なりの工夫を凝らす楽しみは減ったかもしれないし、結果として想像力を発揮できなくなっていく可能性はあるかもしれないが、少なくともバーチャルに遊んだからといって、現実との区別がつかなくなり、子供が非行に走るという議論はあまりにも短絡的だと思う。将棋で「歩」や「香」を粗末に捨てたからといって、人を殺しやすいという訳でもなかろう。
 
1997/6/9:もっと経済学を!
 首都高速道路公団から、混雑料金制度の導入が提案されている。うっしー氏も指摘しているとおり、お役所としては、画期的なアイデアであり、遅きに失した感もあるが、全面的に賛成したい。
 問題はここからである。このテのアイデアに対して、必ず感情的な反対論が巻き起こることが予想されるからだ。曰く、「今も高い料金を払っているのに」とか「低速道路のクセに」のような意見である。
 例えば、「深夜の騒音がひどくなる」とか「一般道路の交通量増大をどうするのか?」という議論ならまだわかるが、前述のような感情的な意見は本質を見誤るだけで、百害あって一理なしである。これは、消費税導入の際の「子供が100円持ってお使いに行ったら、3円足りなくて泣いて帰ってきた」などと同じ議論である。そして、このテの意見が大新聞の投書欄に掲載されたりするから始末が悪い。
 わが国では、今だに、金を中心にモノを考えるのは悪いという考えがあるのだろうか。しかし、経済大国などとおだてられふんぞりかえっているのだから完全に矛盾しているではないか。
 ここで提案したいのは、学問としての「やさしい経済学」をもっと積極的に義務教育に導入していくことである。モノの値段がどうして決まるのか?ということは、小学校でも中学校でもなぜか教えてくれない。株とは何か?なぜ東京の土地が高いのか?どうして1ドルが110円なのか?子供でも興味を持てるテーマはいっぱいあるのに、実にもったいない。嘘か本当かもわからない縄文時代とか古代ローマの王様の名前や遥か地球の裏側の山脈の名前を教えている場合ではないと思う。
 以前、どこかの中学校で、授業にペーパー株式を取り入れたという話を聞いた。生徒たちは、夏になるとアイスクリームが売れるから、○○製菓がいい、とかさまざまな理由を考え、楽しみながら、株式のしくみを覚えたという。これはすばらしいことである。しかしながら、ここでも怪しげなおばさん連中の感情的反対意見により、中止に追い込まれてしまったという。誠に残念である。
 小生は、実は社会科の先生になりたかったのですが、土曜日に大学に教職の授業を受けに行く気力がなく断念してしまいました。誰か、私の代わりに、小学校の授業で『モノポリー』を採用してくれる方はいないでしょうか?
 
1997/4/24:ハードな選択の時代へ
 ペルー人質事件の劇的な解決を見て思うことは、指導者たるものの選択の重みである。地位が上がれば上がるほど責任も選択の重みもあがっていくという当たり前のことが、日本ではまだよく理解されていなかったが、これで少しは理解されるかもしれない。そして、「人命は地球よりも重い」的な文化からおさらばできるとすれば、尊い3人の犠牲によって、日本が国際常識の域へ一歩踏み出すことができるかもしれない。
 ややスケールは小さくなるが、このところ、日本の政治家は、ハードな選択を次々とせまられている。沖縄の特別措置法、そして、脳死の2法案。前者は、安全保障という政党存立の基本にかかる選択であり、社民党は、もはや政党として機能していない事が浮き彫りになってしまった。そして、後者は、その性格からも各党は党議拘束をはずしたため(これは正しいと思う)、各政治家個人が、決断を迫られたことになった。
 政党や政治家がようやく踏み絵をふまざるを得ない状況ができあがってきたことは、けっして悪くないことだと思う。ホームページで好きな事を言っていればいい我々と違い、国民の代表である国会議員の方は、辛くても白か黒か決めていただかなくてはならない時があるのだから。ただし、その決断の責任は、選んだ国民が持たなくてはならないのである。
 それにしても、今日のニュースステーションの久米さんの発言にはあきれた。ゲリラ全員を射殺したのは云々、少女兵もいたのに、とか、しまいには、国際化していくと、日本はまた戦争への道を云々ときた。何が言いたいのか。ゲスト解説の田岡氏もあきれていた。日本中がようやく「人命は地球よりも重い」的な文化からおさらばしようとしているのに、一人だけ対応できないようだ。もはや退場していただくしかないのではないか。ニュースステーションは好きな番組だが、残念ながら、久米氏は、ハードな選択の時代には対応できないようであり、平和ボケ日本の象徴だったのかもしれない。
 
1997/4/13:メイド・イン・ジャパン
 ワープロソフトの「一太郎」がまたもヴァージョンアップを行うという。前作のVer.7から半年で、Ver.8に移行するのだから、ユーザーも大変だ。やっと慣れたばかりという人も多いのではないか。
 ユーザーの反感を買うリスクを覚悟で、短期間でヴァージョンアップを行うのは、マイクロソフトとの激しいシェア争いのためである。現在のパソコンソフトの世界で、ビルゲイツ相手に互角以上に闘っているのは、ネットスケープと日本における「一太郎」くらいしかないのだ。
 遺憾ながら、小生はワープロは、マイクロソフトの「ワード」を使うことが多く、この文章などは、「メモ帳」で書いてしまうのだが、やはり国産ソフトにも頑張ってもらいたいと思う。最近は、「デファクト・スタンダード」(事実上の業界標準)などという言葉がよく使われているが、パソコンの世界では、完全にアメリカ資本に独占されつつある。資源に乏しい日本が先進経済国として生き残るためには、こうした分野で頑張ってもらわないと非常に厳しいのではないかと思う。結局、ボーダーレスの世界経済では、言葉の問題が大きな影響力を持ってしまうのだろうが、英語が世界でもっとも広く通用しているから、アメリカが世界で一番発展するというのもつまらない。
 ドメスティックに生きたい小生としては、せめてパソコンはNEC、車はホンダと考えているのだが、安いDOS/V機を横目にNECを続けて行くのもけっこう辛いものがある。
 話かわって、明日の皐月賞。人気は、父内国産のメイジロブライト、ランニングゲイルに集まっている。サンデーサイレンス、ブライアンズタイムといった人気種牡馬産駒相手にメイドインジャパンの2頭がどう戦うか。
 
1997/4/13:人材派遣と一般職
 私が勤めている会社では、ずいぶん前から一般職(女性の事務職)の採用を行っていない。パソコンの普及や社内ネットワークの整備(いわゆるイントラネットの構築)が進み、たしかに一般職の業務の範囲も少なくなってはきているが、けっしてなくなることはないであろう。そうして、そうした補助的な仕事は、最近では、人材派遣の方にお願いすることが増えてきている。経営としては、費用の固定化につながる社員を増やさずにすむので、今後もさらに進んでいきそうだ。長引く不景気で女性一般職が以前のように短いサイクルで結婚~退職しなくなったこともあるだろう。
 私自身はこうした傾向は、あまり歓迎していない。やっぱり職場の同僚というのは必要なのではないかと思う。派遣のおばさん(主婦の人が多いので)たちも仕事をきちんとこなしてくれているが、仲間意識というか、そういうものは感じられない。いざという時に残業だってしてくれないような感じがする。別に職場結婚をすすめる訳ではないが、そういう可能性というか、職場の雰囲気といったものが、若い男性社員の士気にも影響を与えるのではないかとも思う。視野の狭い合理化というのは、大切なものを失うことがあるのではないか。
 と、ここまで書いてきたのだが、実は最近、私の仕事のグループでアシスタントをお願いした派遣の方が、若くて美人だったりしたので、考えがぐらついている駄目な私だったりします・・・
 
1997/4/13:遺憾ながら巨人ファン
 プロ野球が開幕した。今年は、なるべく球場に足を運んで生で楽しもうと思っており、先日もさっそく東京ドームに行ってきた。
 ところで、私は、誠に遺憾ながら巨人ファンである。これは、私の物事一般に対するアマノジャクな意見、感覚、思想と大きく矛盾している。本来私は、「巨人・大鵬・卵焼き」みたいなものは嫌いなのだ。アンチ体制、アンチ自民党、アンチ役人であり、スポーツでも、貴の花なんかは応援できない。このあたりの感覚は提携エッセイである、グッチー氏やウッシー氏にも共通していると思う。
 では、なぜプロ野球だけ巨人ファンなのかといえば、私の人格というか個性が形成される前にすでに巨人ファンになってしまっていたからである。小学校1年生の時からの巨人ファンであるが、当時は、まだ王選手が健在で、張本との3,4番で長島監督が胴上げされた。私の中でアマノジャクが育ち始めたのは、私立の小学校での少しユニークな教育を受けてからと思われるから、残念ながら間に合わないのだ。
 ということで、誠に遺憾ながら、金にモノを言わせて、選手を補強した巨人軍を本年も応援いたします。できれば、清原や広沢よりは、若い清水や入来に頑張ってほしいものです。
 
1997/3/9:クローンなんて大嫌い
 あ~嫌だ、嫌だ。クローン羊だ、クローン猿だ、なんて絶対に嫌です。環境破壊くらいならまだ数千年は大丈夫かと思ってましたが、こういうことを始めたら、いよいよ人類もおしまいですね。
 競馬の世界では、人口受精すら禁じられているんです。だから、サンデーサイレンスがどんなに頑張って種付けしても、その産駒は1年に150頭くらいしかいません。牛の世界では、人口受精は認められています。だから、1頭の牛が、飛騨牛の評判を高め、銅像が立つなんていうこともあるようです。
 しかし、ここからが重要ですが、これらは、いずれもきちんと受精が行われるのですから、そこから先は生命の神秘にゆだねられます。サンデーサイレンスの産駒だって、脚がまがっているのもいれば、芦毛だっています。同じ種牛の仔だって、不味いのだっているかもしれません。松本幸四郎の娘だって、姉妹の顔は同じでないし、武豊と幸四郎だって、若と貴だってちがうんです。
 でも、クローンはおんなじなんですよ。絶対にダメです。貴の花と貴の花の相撲なんて、見たくもないでしょ。ひとりだって十分強すぎてつまらないんだから。
 
1997/2/24:プリンスホテル
 エッセイの記念すべき第1回は、プリンスホテルについて語る。といっても、猪瀬直樹氏の「ミカドの肖像」のように、その成り立ちや天皇家とのかかわりを考えるわけではない。単なる一利用者としての感想である。
 私がプリンスホテルを使うたびに感じことは、端的にいえば、「堤義昭おそるべし」というひとことに尽きる。分かる人は分かってくれると思うが、そうでない人のために、詳しく説明していくことにする。
 たとえば、先日、初めて苗場プリンスホテルを利用した。会社の友人達とスキーに行ったわけで、ミーハーな企画であるが、こういう時には実に便利だ。何といっても、日本第2位の集客力を誇る巨大ホテルであるから、シーズン中の週末でも部屋は確保できるし、何千人というスキーヤーを収容しつつ、けっして待たせないリフトの輸送力もすごい。
 しかしながら、金曜日の夜も到着した我々一行は、事前に宅配便で送っていたはずの荷物の受け取りに延々待たされることになる。仕方なく、先にチェックインして、部屋で待つこと30分、ようやく到着して、ボーイさんに礼を言って、部屋を閉めようとすると、それは違う人のかばんであった。不慣れそうなボーイさんの胸には、「私は箱根プリンスから応援に来ています」と書いてあるが、こういうのはどういうものだろうか。スキーロッカーに入れてくれることになった板の方は、さらに困惑を極め、我々3人と間違った1人の板をすべてカバーから出してしまい、どれがどれだかわからなくなる始末。結局、復旧したのは、24時近くになってしまった。
 しかし、プリンスホテルといえば、最大の問題は、やはり「食」ということになる。「獅子」「アゼリア」「アリエスカ」など、全国どこのプリンスでもおなじみの店が迎えてくれるが、これが実に手ごわい。今回の苗場の朝食バイキングでは、日曜日の朝に、なんとお皿をとるまで15分待ちという仕打ちをうけた。これでは、とても2回目をとりに行く気にはなれないから、もはやバイキングとはいえないと思う。
 以前、競馬帰りに友人と、地元の品川プリンスで軽く夕食でもと思い、バイキング形式のメインダイニングに入った。4000円で食べ放題だからリーズナブルで、なかなか混雑していたのだが、いきなりジャージー姿の高校生が大挙して入ってきたのには驚いた。高校バスケットか何かの選手らしいが、プリンスホテルのダイニングにジャージーはないだろう。ボーイさんに注意したが、よく意味がわかってないようだった。私に言わせれば、ジャジーなんていうのはパジャマみたいなもので、部屋から出たら人前で着るものではないと思うのだが、これは友人にもあまり賛成が得られなかったので、私の頭が古いのかもしれぬ。
 ここまで読まれた方は、「そんなに嫌なら、文句ばっかり言ってないで、使わなければいいじゃないか」と思うかもしれない。しかるに、しかるである。私は結局、プリンスを使うのである。ここのところが分かる人しか分かってもらえないかもしれないのだが、それ故に、「堤義昭おそるべし」となるのである。
 プリンスより高級なホテルはもちろんある。帝国ホテルにしろ、オークラにしろ、値段も格式も高い。しかし、我々の世代には、ちょっと遠い。結婚式でもあげるならともかく、普段はあまりご縁がない。プリンスより安いビジネスホテルならいくらでもあるし、事実、地方出張や旅行の際によく利用する。しかし、それらと比較したとき、プリンスならではの魅力というのもまた、捨て難いものがある。
 最近、私と友人は卓球にハマっているのだが、都内で卓球ができるところは、品川プリンスくらいしか知らない。北海道でスキといえば、やはり富良野プリンスが思い浮かぶ。夏の軽井沢でゴルフというのは、ちょっとぜいたくするには悪くない。先日は、八景島近くの杉田ゴルフ場のショートコースに行き、帰りにやはり杉田のボウリング場へ寄ってから、横浜プリンスでイタリア料理を食べてしまった。
 何度ひどい目にあっても、結局また足はプリンスに向かうのである。最近では、ひどい目にあって、「堤義昭おそるべし」という目にあうのを楽しんでいる感じすらする。この気持ち、みなさんに理解してもらえるだろうか。それとも私がたんなるマゾなのだろうか。
 以下、私が利用したプリンス系施設についての感想をまとめておくので、ぜひみなさんも利用してみて欲しい。そして、いっしょに「堤義昭おそるべし」と感じて欲しい。
 
・富良野プリンス スキー場はやっぱり悪くない。食べ物については記憶が定かで ないが、まあ「獅子」とかだろう。新館ができたが、私は安い ツアーで旧館だったのが残念だ。

・札幌プリンス 場所が悪い。一口でプリンスといっても、微妙なランク付けが あるから気をつけたい。ここはG2の下といったところ。はっ きり言って、札幌ならおすすめのホテルは他にいくらでもある。

・大沼プリンス 軽井沢と同じようなコテージがよい。夏のゴルフはそれほど高 くないし、快適。G2の上

・新高輪プリンス 一応、G1クラスなのだが、宴会場がでかいだけという印象。

・品川プリンス 苗場プリンスを日本で2番目の集客力と書いたが、1位はここ。 屋上に「カラオケ山手線」があることでもわかるようにG3。 テニス、ボウリング、卓球など充実。

・東京プリンス おそらくここがG1最高峰なのだろうが、最近利用してないの で、よくわからない。

・軽井沢プリンス G1級だが、どんどん広がっているので、内部でも、館ごとの 格差がありそう。コテージに泊まって、電気自動車で移動する のがよい。

・十国峠レストラン「アゼリア」 箱根ターンパイクから伊豆スカイラインを抜ける途中にある。 古くさいドライブイン群のなかでは、きれいなのだが、値段も 高いし、味もプリンス流で、おすすめしない。

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